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えこのくえすと:

グローバリズムの危機

「鼻をつまんで」クリントン氏に投票すべきだ・・・ エコノミスト誌は、グローバル化擁護の最近の一連の記事の1つでこう書いた。クリントン氏も第1回テレビ討論会でTPP反対を表明したのだが、グローバル化に反対する「本気度」ではトランプ氏ほどではない――という判断が根底にあるのは間違いない。なにしろトランプ氏は「アメリカ・ファースト」のナショナリズムの立場から、<NATFA(米国・メキシコ・カナダの北米自由貿易協定)を破棄し、TPPから脱退し、中国に対して貿易戦争をしけける――と何度も明言しているのだから。


自由貿易の生みの親ともいえるエコノミスト誌の懸念は、ほぼ頂点に達しているようだ。反グローバリズムの伸長が、局所的・一時的な現象ではないことが明らかになってきたことへの懸念だ。米国ではクリントン氏が、交渉段階では手伝ってきたTPPに対して、選挙の票獲得のため反対表明を強いられただけではない。トランプ氏が、仮に大統領には当選しないにしても、伝統ある米国2大政党の1つ、しかも自由貿易が身上の共和党によって大統領候補に指名されたこと自体が、これまで考えられなかった異常事態なのだ。


TPPは、米国でどちらが大統領になっても議会承認による順調な発効は難しく、少なくとも当面は「漂流」するだろう。だがTPPだけではない。TPPの大西洋版ともいえるTTIP(環大西洋貿易投資協定)が米国とEUの間で交渉中だが、エコノミスト誌の表現によれば目下「もがいて」いる。世界最大の輸出国の1つであるドイツで、TTIP反対の数万人規模の街頭デモが起こった。フランスとドイツでは来年、国政選挙があるので、グローバル化賛成派も、クリントン氏同様、反対派を無視できない状況のようだ。


そして、事は貿易だけではない。グローバル化とはモノ・ヒト・カネの国境を越えた移動を自由にするという意味だが、英国は国民投票でブレグジット(EU離脱)を選び、ヒト(移民)の移動に「ノー」を突きつけた。「メキシコ国境に壁を造る」というトランプ氏のアイデアも、排他・閉鎖主義という点でこの線に沿ったものだ。


さらにカネの移動がある。最近の「パナマ文書」流出で明らかになったように、大企業や富豪が「タックスヘイブン」(租税回避地)を利用して不公正に懐を肥やしていることも、グローバル化の弊害の1つとして糾弾されている。また米国のサブプライムローンに端を発したリーマン・ブラザーズの破綻が、あっという間に国境を越えて世界金融危機に発展したのも、グローバル化によるカネの自由移動が1因とされる。


モノ・ヒト・カネ――3つの面でグローバル化は今や批判の矢面に立たされており、エコノミスト誌はこれを、「自由世界にとって共産主義以来の最も重大な危機」と捉え、10月1日号では「反グローバル主義者――なぜ彼らは間違っているか?」と題しするトップ記事で、同誌が1843年、英国の「穀物法」(地主の利益を守るため輸入穀物に関税をかけた法律)の廃止を要求して創刊されたいきさつを紹介しながら、グローバル化擁護論を改めて展開している。


ある大きな政策なりドクトリンを実行した場合、プラス面が100%でマイナス面がゼロということはまずあり得ない。70対30か60対40といったところが実際だろう。そして、得てしてマイナス面の方がプラス面よりも大きく報道される。例えば日本の円高で、苦しい輸出企業の方が声が大きいので大きく報道され、儲かっている輸入企業(特にエネルギー関連)は黙っているので、円高のプラス面はあまり伝わらない。


グローバル化、特に戦後の自由貿易が欧州、日本の戦後復興を助けたのは紛れもない事実だし、冷戦では自由世界が統制世界の旧ソ連に勝ち、ケ小平以後の中国では、特に2001年のWTO(世界貿易機関)加盟以降、大波のような輸出主導の経済発展で数億人を貧困から救い出した。同時に中国の安い製品で世界の、特に米国の消費者は購買力を大きく増やし、向上する生活を楽しんだのだ。


だが当然、マイナス面がある。<1999年から2011年の間の米製造業での600万人ほどの純雇用喪失の恐らく5分の1は、中国との競争からきている>とエコノミスト誌は見ている。そこに食いついたのがトランプ氏であり、さらにサンダース氏(民主党の予備選候補者)だった。特にビジネスマンのトランプ氏は、「中国との貿易は不公正だ」と糾弾し、そうした自由貿易のマイナス面に、グローバル化・IT化による格差の拡大、「イスラム国」出現によるテロへの恐怖が重なって、反グローバリズムがグローバルに進んでいるのが現状だろう。


ではどうすればいいのか。答えは簡単だ。プラス面の方が断然大きいのに、マイナス面ばかりが強調されてグローバリズムが危機に陥っているのだから、グローバリズムに背を向けるのではなく、そのマイナス面を手直ししていくことだ。エコノミスト誌が具体的に強調しているのは、自由貿易の敗者(失職者)への救済策―――職業訓練、再就職支援など――が米国では特に足りない点だ。移民対策では、貿易での「反ダンピング」のように、急増にストップをかける緊急措置も考えられるという。


それはともかく、TPPで言えば、もしこれが頓挫して一番困るのは日本かもしれない。自由貿易の前進が望めなくなるだけでなく、米国が「世界の警察官はできない」と言う中で、「地域のルール」を米国でなく中国が書くようになる事態が考えられるからだ。米大統領選挙の候補者は過去と比べるとどちらも悪いのだが、他に選択の余地がなければ、「悪い程度が少ない方」を選ぶしかない。「鼻をつまんで」そっちの方に投票してくれるよう、日本からでは祈るしかない。


2016年10月 ともひろ



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