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えこのくえすと:

アベノミクス考

英語に−self-fulfilling prophecy−という言葉がある。「自己実現的予言」とでも訳せるだろうか。やや分かりにくいが、例えば子どもに「おまえはバカだ」と言い続ければ、子どもは、バカでなかったかもしれないのにバカになってしまう――つまり予言したが故に予言通りになってしまうことがある、という意味だ。


なぜこれを持ち出したかと言うと、最近、アベノミクスに対して、「失敗だった」、「もともと幻だった」などとする酷評が増えているからだ。ひどいのになると「アホノミクス」といった、まるで「自分は総理大臣よりも偉いのだ」と言わんばかりの品のない表現さえある。ほんとにそうなのか? こうした評価ないし想定は自己実現的予言にならないか?


エコノミスト誌は3年半前、アベノミクスが打ち出されたとき、和服姿の安倍首相が「3本の矢」を射るイラスト付きでトップ記事として取り上げ、期待を表明した。そして今年7月30日号は、アベノミクスの中間評価を再びトップ記事と詳報の2本立てで取り上げている。「過大宣伝され、過小評価されて」と題するこの記事は、もちろん「アベノミクスが成功だった」とは言っていないが、国内に多い悲観論と違って、達成された実績を冷静に客観的に評価し、安倍氏以前の日本経済復活の試みと比べると、アベノミクスはこの3年で「大きな成果を挙げた」と述べている。


まず、2%のインフレ目標をめぐる評価だ。アベノミクスの最大の眼目は「リフレーション」(デフレ脱却のため通貨供給量を増やすこと)であり、そのため2%のインフレ目標を掲げて日本銀行による「異次元の」金融緩和を大胆に実行した。2%は達成されていないが、エコノミスト誌は石油価格の下落(2014年のバレル約110ドルから半値以下に暴落)が目標達成の足を引っ張った点を指摘している。つまり、日本が使っている消費者物価指数(CPI)は、生鮮食品は除外しているもののエネルギーを含めている。他の主要国が使っているコアCPIは生鮮食品とエネルギーを共に除外しており、これを日本に当てはめると、<アベノミクス後、物価は少しずつだが32カ月連続で上昇している。さらにアベノミクス以前は日本の物価は10年にわたってほぼ中断なく下落しており、この下落傾向が今も続いていると想定した場合と比べると、物価は5%上昇している>という。


日本国の「純債務」はGDPの130%

さらにアベノミクス批判者が失敗の理由として上げるのが、金融緩和の手詰まりとそれに関連する財政危機だ。だがここでもエコノミスト誌の見方は違っている。国債増発による公的債務がGDPの250%に達していることを認めながらも、<日本政府には膨大な金融資産があり、これを差し引いた「純債務」はGDPの約130%である>としている。これは高橋洋一氏の早くからの持論と大筋で一致している(高橋氏は旧大蔵省の官僚で、日本で初めて「国のバランスシート」を作成し、2008年に退官後、「国債暴落説の大ウソ」を指摘するなど内部告発的な説得力のある論を展開している)。


安倍首相は2度目の消費税引き上げを2度延期した上で、さらなる財政出動を打ち出した。これを捉えて「政府の財政出動を日銀が賄えばハイパーインフレ」を招くという批判が多いが、エコノミスト誌は、<政府と日銀のこの組み合わせは「ヘリコプターマネー」に似て極めて強力であり、今の日本では必要かつ安く実行できる。1000兆円以上の金融資産を貯め込んでいる日本企業(非金融機関)が需要回復に十分に動く(設備投資、賃上げ、株主配当増など)まで、政府が財政出動するほかない。誰かがカネを使う必要があるのだから>と本質を衝いている。(黒田日銀総裁はヘリマネを否定したが、再考するかもしれない、とも述べている)。


このほかエコノミスト誌がアベノミクスの実績として上げているのは ――企業の利益と配当を増やした。人口は減っているのに就労人口は増えてほぼ完全雇用が実現し、特に女性、高齢者の雇用が増えた。円安も手伝って、日本への外国人観光客が急増した。構造改革はまだ初期段階だが、企業統治(社外取締役を増やし、株主の発言力を強めた)や農協改革などで前進した――などで、<リフレーションと改革が連携して進むことを確認した点で、アベノミクスは例を見ないほど首尾一貫した経済戦略である>と述べている。これと関連して、2013年初めにはほとんど誰も信じていなかった「TPPへの署名」で(米国政治と絡んで発効が不透明になってはいるが)、安倍氏は<将来のより抜本的・総合的な改革のための種をまいた>と評価している。


結論としてエコノミスト誌は、<アベノミクスは掲げた目標を達成していないが、(アベノミクス以前の)過去を凌駕した。アベノミクスの今後の3年間はより控え目になるだろうが、その代わり、自慢した最初の3年に上積みすることができるかもしれない。十分な数の人が「成功する」と信じれば成功する>と述べている。冒頭に紹介したのとは逆の意味の自己実現的予言がここにある。


ついでに言うと、「あほのみくす」とのたもうたご仁は立派な大学の教授で、マスコミにもよく登場される。つまり登場させるマスコミもまたどこかおかしいのだ――日本経済新聞までもが最近「日本国債」という短期連載で、戦後の「預金封鎖・新円切り替え」まで持ち出して国債危機を煽った。高橋氏はこれを「史実の解釈を誤ったホラー話ではないか」とツイートしている。


マスコミによるこうしたミスリードが起こるのは、<(消費税)増税で財政を立て直し、「歳出権」を拡大して威張りたい>という、大蔵省時代から今の財務省まで連綿と続くこの省の「体質」に原因があるようだ。財務省と「財研」(財務省記者クラブ)の関係も含めて、このあたりの事の本質は、高橋氏の近著『日本はこの先どうなるのか』に詳しい。


2016年8月24日 ともひろ



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